爆竹の音を聞きながら、聖書を開いていると…
ピリピ1章〜
「いつも主にあって喜びなさい。もい一度言います。喜びなさい。」
このピリピの箇所は「喜びの書簡」とも言われるほど「喜びなさい」と書かれています。
でも、これを書いたパウロは…
獄中生活を送りながら、何度も「死」を覚悟していたんです。
そんな状況の中であっても、パウロは、喜びに満たされていたんです。
なぜ出来たんでしょうか?
それは、「いつも主にあって喜びなさい」とあるように、主がともにいてくださるから…その事を彼はいつも感じていたからなんです。
だから…
私も、「いつも喜び、感謝することが出来ますように…」と祈ります。
0 件のコメント:
コメントを投稿