今日はこうなっていました。
今日は帰宅し、「家庭祈祷会」が我が家で行われました。
解ってるんです…
「互いに愛し合いなさい わたしがあなた方を愛したように…」ヨハネ13章34節
「さばいてはいけません。さばかれないためです。」マタイ7章1節
「あなたの目のちりを取らせてください…などとどうしていうのですか?
見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。」 マタイ7章4節
裁く権威があるのは神様だけなんですよね
「すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。」1テサロニケ5章」21節
ってことで、非常に危ない状況の私は「家庭祈祷会」を催したわけです。
人を憎むのではなく、その奥にある敵を憎まなければならないんです
あなたにはありませんか?
敵の仕業だと解っていても、まんまと乗っかっちゃって苦しむことが
人の事は笑って見れるんですよね「あ~あ…またやってるよ…」って
でも、自分の事となると真剣に悩むわけです。
不思議ね…祈るとね…
すっきりすっきり
「あ~あ 私はいつまでこんなことやってるんだろう」
ってなわけで、
またもや自分の力の無さを認め、祈る力を求めている私です。
人を見て笑ってる場合じゃないぞ
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